熊野古道、中辺路(なかへち)を歩く3回目·滝尻王子・熊野古道館(熊野詣の衣装は白装束だった)

7月、熊野古道、中辺路(なかへち) 第三回、清姫の墓から高原霧の里まで歩いてきました。

博多~京都の祇園祭~和歌山熊野古道と連続していましたので、体力には自信のある私でもハードでした。

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熊野古道の険しい道を実際に歩いて、衣装について疑問がわきました。
そして、今回、その疑問はすぐに解消されたのです。

まずは、前回の最終地点 「清姫の里」へ
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ここらの地元では清姫伝説はいろいろあるようです。
清姫は13歳でしたが、そうではなくて、30代の後家さん説・・・・案内人は、30代の後家さん説を支持していました。
地元では、7月末に「清姫まつり」が開催されるので準備していました。見たかったな(;´・ω・)


滝尻王子の熊野古道館に再びやってきました。
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滝尻王子です。
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皇太子殿下が熊野詣された記念碑です。(御結婚前です)
皇室の方が熊野詣をされたのは700年ぶりのようです、。
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熊野古道館の中に展示してある写真です。
熊野詣の出立の儀式を再現しています。

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お気づきの方もおられるかと思いますが皆、
白装束 です。

左上の写真の赤い衣装は、陰陽師です。  右上の写真の笠の方は女院様です。
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上皇様も、女院様も、熊野詣はみな白装束です。

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熊野詣の装束は、「白装束」だったのです。
先導は修験者が努めます。


熊野古道案内人からレクチャーを受けました・・・。
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京都からどのように来たのかなど、いろいろとありがとうございます。
・・・
・・・
私「あのう、ちょっとよろしいでしょうか・・」
「あのう、あそこに展示してある熊野詣での衣装は?
「それに熊野の観光ポスターも、あの鮮やかな衣装ですけど・・」

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案内人「あんな衣装ではこのさき、100Mも歩けませんよ。ヒルや虫もうようよしてるし、上皇様、女院様と貴族は山小屋に泊まれますが、他は野宿だし、険しい山道を歩いて、川を何度も渡ったり大変なんですから・・・」

私「あ、あのう、「あげいん熊野詣」 というお祭りが10月にありますがみんなこんな平安衣装(壺装束)着てますけど・・」

案内人「那智大社のふもとに、レンタル着物屋さんがあるんです」
そこでみんな借りるんです、ワハハハ、熊野詣は、当時はみんな白装束ですよ。
あれはコスプレです。]

コ、コスプレ・・(;´・ω・)

熊野詣は、 「白装束」 だったのですね。

※和歌山県立博物館、熊野曼荼羅図でも熊野詣の白装束の衣装を確認しました。


熊野は辺境の山岳地帯にあるので道案内が必要とされ、その道案内を修験者がつとめました。
この道案内人を先達(せんだつ)と呼びましたが、先達は道案内だけでなく、道中の作法の指導も行いました。

藤原定家の熊野詣の旅日記「熊野御幸記」国宝 が残っています。
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旅日記をわかりやすくイラストにしたものが展示していました。
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分かりやすく書かれています。
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この藤原定家のイラストの熊野旅日記をこちらで購入しました。
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藤原定家の泣き言とかいろいろ書かれていて、なかなかおもしろいです(#^.^#)


熊野詣は出発に先立って行われる精進儀礼から始まります。
熊野詣を志す者は精進屋に数日間籠って精進潔斎しなければなりません。
上皇様ももちろんです。
ネギやニラやニンニクなどの匂いのする野菜や肉や魚などを断ち、言葉や行いを慎んで身を清め、道中の加護を祈願した後に、人々は先達の指導のもと、熊野を目指して出発したそうです。

熊野は浄土の地であるので、熊野(=浄土)に入るには、いったん死ななければならないのです(儀礼的な意味で)。
そのための場所が岩田川(今の富田川)でした。

岩田川(今の富田川)は、中世の熊野詣のメインルート中辺路(なかへち)を歩く人が初めて出会う熊野の霊域から流れ出ている川です。 

初めて出会う熊野から流れる清らかな岩田川(今の富田川)、熊野詣の道中で最も神聖視されたこの川は三途の川に見立てられました。
その聖なる流れは強力な浄化力をもち、川を徒歩で渡ることで罪業をぬぐいさることができるとされ、道者は浄められながら死ぬことができたそうです。。

熊野詣のものは、稲葉根(いなばね)王子から熊野の霊域の入り口である滝尻王子まで、何度も岩田川を徒歩で渡りました。
日にちは陰陽師が決めるので、天候は関係なく雨でももちろん渡ります。もちろん上皇様も、女院さまもです。
儀礼的な意味で死んだ者は、いよいよ熊野の霊域の入り口とされる滝尻に入ります。

熊野詣とは、生きながらに、死んで浄土に生まれ変わって成仏し、
そして、再び現世に帰っていくという構造だったのです。

さあ、いよいよ滝尻王子と熊野古道館を出発です。
熊野の霊域に入ります、山登りです、たのしみ~(*^▽^*)

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ruiruitomidori

Author:ruiruitomidori
着物から初めたブログでしたが、最近は神社仏閣巡り、登山にはまっています。


⒈キモノは某大手きもの学院での「着物着付け教授」の看板を所持。
同学院のプロ科の最終課程を終了し、日本和装協会認定の「着付博士」「和装プロデューサー」「時代衣装着装士」の資格を所有しています。

2.ローズガーデンの受賞歴
[花とみどりの街づくりコンクール」で都市緑化協会会長賞を受賞。

「楽天バラの家」の「フェイバリットローズコンテスト」のガーデン部門準グランプリを受賞

「全国ガーデニングコンテスト」でブロンズメダルを受賞。

3.ハーフマラソンのベストタイムは1時間37分
 フルマラソンのベストタイムは3時間34分
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4.アメショのルイという猫に加え、最近、二匹の野良猫を保護して今は、3匹の猫と暮らしています。

5.小原流いけばな教授の資格所持。

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